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ふむふむ、木村硝子店のなかまたち。後編

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第5回 後編
前編はこちらから

山田節子さん(ライフスタイルコーディネーター)×木村武史(木村硝子店社長)

後編では、15年ほど関わっておられる、会津若松の老舗仏具メーカー
(*3)「アルテマイスター」でのお話を中心に、展示会期間中にお邪魔して、お忙しい合間に話を伺いました。

伝統を今の時代に表現してつないでゆくということ
仏壇は心の器と 心得て

―長年日本のものづくりに関わってこられて、「仏壇仏具」に関しては、また異なる姿勢で取り組まれる部分がおありだったのではないでしょうか?日常の道具や器などとの精神性の違いというか、取り組まれるまでの過程や心得、そのあたりを伺いたいのですが。

山田 はじめは私も、どこから入っていったらよいのか、とても迷いました。今は、仏壇は「こころの器」だと捉えていますね。日常に使うのは「生活の器」、一方で仏壇は、心のよりどころとして、背筋をのばして生きることを見守ってくれる「こころの器」なのだと思います。このプロジェクトでも、大勢のクリエイターの方々の力をお借りして、現代の生活空間や、ライフスタイルに適った「こころの器を作ってほしい」とお願いしています。

―「こころの器」ですか。そういわれると、宗派や国境に関係なくすっと入ってくるものがあります。

山田 祈りは、宗派宗門にかかわることではなく、人間が生かされているということに対する感謝や願い、希望のかたちなのですよね。政治も経済も、豊かさとは物欲主義なりの今、一番不足しているのが、祈りのこころを忘れていることだと思うのです。祈りの心を忘れるというのはつまり、自分のこころが見えなくなっているという事なのではないかと。

木村 なるほど。そうかも知れません。

山田 仏壇の仕事をするなんて思いもよりませんでしたけれどね。松屋で、「日本のかたち」という正月迎えの展覧会を毎年暮れに行っておりますが、この経験から、仏壇に関して思い当たることも多々ございました。一年の穢れを払い、心を浄化し正月を迎える。正月とは転換の装置であり、松飾りも、お供えも、お節も象徴的に願いを込めた心のかたちです。仏具仏壇も、心を納める装置の函、あってしかるべきと考えるようになりました。

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風通しの良い場所は
風通しのよい交流を生む

山田 「アルテマイスター」に関わり始めた当初、職人と若い人たちのコミュニケーションが殆どないような状況でした。年長者は、礼儀を知らない若者には教える気にならないと言い、若い人は、年のいった人にいろいろ言われたくない、という雰囲気で。そこで、社員みんなが集える空間を設けてはどうかと提案しました。やはり、そういった場所ができたことで、少しずつ交流が生まれ、世代間の歩み寄りが始まりました。

―いつごろのお話ですか?

山田 2002年頃だったでしょうか。その空間は、お昼や休憩時、300人の社員の研修会や朝礼にも使い、夏休みには、社員の子どもの工作教室も開くなど、様々に活用されています。技術者としての親のすごさや、親がどんな場所で働いているのか、知らない子どもも多かったのですが、こういった場所が生まれることによって、子どもは「お父さんすごいんだなあ」って、親の腕前のすごさを知ることができて、社内の和や家族との和も育まれます。多目的空間として生かされることで、心の器を作ることへの、誇りを持ってもらえたらと、仕掛け、それなりに生かされてきました。
もう一つ、コーディネーターとして私に出来ることは、時代の風を会津に運び、時代の一線で活躍する人と一緒に仕事が出来る場面を作り出すことにありました。

木村 そういう場所こそ大切ですよね。昔つきあいのあったメーカーで、食堂もトイレも汚いところがあって。それで、行くたびに社長に言うんだけれど若かったしね、この若造何言ってるんだ(笑)!くらいに思われてたと思う。言って言って、トイレを改造させたこともありますよ。

山田 私が産地を巡り始めたのは30代の前半からだったのですが、まず、良いものが生まれる場所というのは、たとえ建物は粗末であっても、入り口に車がきちっと止められているとか、季節の花が植えられているとか、10時3時のお茶時をめいめいがそれなりの器で愉しんでいるとか、そういうひとつひとつがとても大切で。
生まれてくるモノも違うんですよ。

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―ひとつひとつの丁寧さが、大きな効果をもたらすという。積み重ねですね。

山田 素であってもいい。清潔なことや、きちっと掃除がなされているとか、人に居住まい、たたずまいがあるように、仕事をする空気観というものが、モノを生んでゆくときに、実は一番大切なことなのかな、と。
物事の始まりは生活観だと思うんですよ。生活文化の衰退が、日本の本質的な文化の衰退ですし、売れれば良いだけでは、そもそも、問題なのですよね。

伝統を 今ならではの形として
よみがえらせる。

―見学させていただいて、いろいろと驚くことがありました。ここでは、古い仏壇の修復も、モダンな仏壇づくりも、両方行っていらっしゃるんですね。

山田 仏壇の修復は以前から手掛けていましたが、3・11の震災の混乱直後から、壊れた仏壇が修理のために送られてきたのです。不可欠、かつ大切な仕事として、力を入れるきっかけになりました。蔵の中に毛布に寝かされた、慈しみ守られてきたであろう、江戸期の見事な仏壇がありました。その時代の匠の腕の凄さや、洗練された蒔絵は、魂あるがごとく見事で、思わず手を合わせ祈りました。今は、簡単に売れるものをつくる時代になってしまっていますよね。手を抜いて、それらしく見えるものをつくるという。もう一度、時代時代が遺してくれた、技に学び、歴史に学び、今に生きる伝統のかたちの仏壇を作らねばと、3年前から職人たちと取り組みはじめたのです。

―新しいものも作られつつあり、昔のものが直され、修復もされ、いくつもの時間軸ができてゆく。それが1つの場所で行われているんですね。

山田 古いものを直すということで、新しいものをつくる技術を見出すことでもあるんですよ。直すときには全部分解し組み立て直すわけですが、その時、昔の職人さんたちの卓越した技を知る機会にもなるのです。

―修復は、一番熟練の方がなさっているのでしょうか?

山田 そうですね、分解ひとつとっても、仕組みがわかるベテランの方が関わることになりますが、その時、若手も見習い研修をする体制をとっています。

―以前、(*4)「法隆寺の玉虫の厨子プロジェクト」があったことを思い出しました。あのプロジェクトでも、玉虫厨子の複製を制作することによって、職人が昔の技術を経験し、技術を磨くことも目的だったと記憶しています。

山田 それに近いかもしれません。今はそもそも、技術が途絶えているだけでなく、材料も途絶えています。材料を生み出してくる郷も人もいなくなってしまっているという深刻な現実が。手が確かな木工の職人さんの高齢化も大問題ですが、仏壇には不可欠な、美しい引手や蝶番、飾り金具の職人仕事は皆無に近くなってきているのが現実ですね。

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スペース・アルテマイスター(ショールーム)

―全工程の見学が可能になったのは5年前からと伺ったのですが。

山田 そうです。以前は東京で展示会をしていました。それでは本当のことが伝わらないと思いまして、是非会津まで取引先の方々に来ていただき、物が生まれる現場を、材料を、作り方を見ていただくことにしたのです。職人たちは「見られる」ということで、襟を正す、あるいは意欲をもつことに繋がります。自分たちの制作したものがどこでどんな人たちが扱ってくれているのか肌に感じることが出来ます。販売店の方々は、物が生まれる過程や、技法、素材を知ることで、新たな循環が始められたと感じています。「モノを作らぬ国は滅びる」と云われてきましたが、作り手、売り手、使い手の良い循環が生まれ、若い人たちも、意欲的に修練を積み、良い仕事をしてくれるようになることを期待し、願っておりますが。

―職人さんの変化もいろいろありますか?

山田 それはものすごい変化です。還暦を越えた熟練の技術をお持ちの職人の方々にも、リタイアせずにマイスターとして再契約をお願いして。後継者を育てながら、デザイナーや工芸家とも組んで、新しい祈りのかたちに取り組んでくれていますね。私も70過ぎているんですから(笑)。その技術なくしてこの会社は存続しないのだからといって、未来志向でみんなでがんばっています(笑)。

木村 すごい技術をお持ちの方たちであっても、意外と、自分の技術レベルが分からなかったりすることってありますよね。

山田 そうなんです。だから、外から評価されると次第に、そうなのかな、と思うようになりますし、そういうことがとても大事です。今、内田繁さんをはじめとするデザイナーの方にも加わっていただいていますが、デザイナーだけでも、職人だけでも、どちらが欠けても成り立たないことがたくさんある。そこが刺激的で面白いところですね。

―たとえばどのようなことでしょうか?

山田 デザイナーがアイデアを図面にするでしょう。すると職人さんが、こうやってみたけど、どうかなと、図面以上にすごい技術で細部を形作り見せるわけです。すると、え!こんなことできるの!それならば、こんなこともできるのかな?そのやり取りの中で新しい表現が生まれたりしてゆく。そういうことがすごくいいと思っています。

木村 なるほど。

山田 もうひとつは、デザイナーが描いた図面だけでは、職人はモノをつくることはできないんです。間に、職人のための図面に書き直す技術をもった人がいるんです。これがすごく貴重な仕事。以前会津には、会津工業高校工芸科というところがあって、高校の時から技術の基礎を学んだ人たちが、現場の各部署で技術を高め、創意工夫してきたのです。残念なことに工芸科は今や廃止になってしまったとのことですが、会津によらず日本の技術力の先が見えなくなってきているのが現実ですね。

―実際、地方がベースの仕事は増えているのですか?

山田 半々ですね、さっきお話した、モノが生まれる郷の話もそうですが、ものが生まれる郷の考え方や生活の在り方が豊かでないといけないと考えていますので、消費地の情報や生活者の変化を伝えに地方に出掛けることが多くなります。もの・人・場を繋ぐことが私の仕事ですから、軸足を両方に置き、生活者であり、売り手であり、つなぎ手でもあると考えています。

木村 「アルテマイスター」のような形で地方にしっかり企業があれば、根付くよね。人も根付くし、ここで働いていることを誇りに思えるし、自信を持って東京にも発信できる。なんていうか、「アルテマイスター」がオープンキッチンみたいなものですね。

山田 まあ、困難もありますが、意欲をもって、推進してくれていますが、それは「やらねばらりません」という会津魂という伝承の精神があるので、ここまではそれなりに/こ、さあ、ここから先がどのようになるかと按じられます。

木村 風土の精神ですね。

昔を今につなぎ、今を未来に。
つなぎかたを考える。それが私の仕事

―松屋の企画展での飯碗の話に始まり、仏壇のお話も、お茶のこともそうでしたが、きちんとした昔の良い部分を生かして、今につなぐことこそが大切なんですね。

山田 そうですね。手本があって、そこに、古来からの日本人の足跡が残されていて、そこで育まれた知恵と美意識という手本が。そのままもってきてもダメなんですよね。やはり、それぞれの時代に学び、現代の人の心に届く、そして未来の扉を開ける、そういうものをかたち化し、そういう、良き輪が拡げられたらと願っています。木村さんにもいままでいろいろお願いをしてきましたが、私がいちばん恵まれたのは、そうしたネットワーク、人の力に恵まれてこそ、何事もと思っています。
本質を究めるなんていうことはできないけれど、まずそこに手本を求めるということでしょうか。知っている人に聞く、できる人に頼む、やれることをやる、私の仕事は、ものともの、ひととひと、ひととものを繋ぎ、出会う場づくり、人づくりをする事ではないかと思っています。


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●対談を終えて
伝統産業のこれからを考えるとき、とかく、「どう続けるべきか」ではなく、「どう守るか」ということにばかり重きをおかれがちだと感じます。昔からの産業というものは、その時代のしかるべき状況と、技術と、材料と、需要と供給と、さまざまな要素が組み合わさって生まれてきたものです。現代まで続く過程に於いて、時代に必要のないもの、必要とされる用途の変化したものはそのときどきで進化し、それでこそ、また息を吹き返し、続いてゆく。そうできたら理想的でしょうが、現実はなかなか難しい。
山田さんは半世紀にわたってこの問題に取り組まれてきた方です。展示会期間中のお忙しい合間に、食堂で、ギャラリーで、展示会場で、何度か場所を移しての細切れなインタビューでしたが、丁寧にことばを選んでお応え頂き、本当に感謝いたします。もっといろいろ伺いたかったのですが、お話も壮大で、年代もシーンもがらりと変わるので、前編後編にまとめさせていただきました。ありがとうございました。(聞き手・構成・文/吉田佳代)

【脚注】
*1  日本人の食器展
1977 年1月 松屋銀座 8階催事場300坪を使い開催された器展。
日本の育んできた美意識をベースに、変化するライフスタイルに適う食器の集大成(カタログ)展として、年に一度様々なテーマでその後5回続けて開催された。
*2 ローゼンタールのシワの花器
ローゼンタールのスタジオラインから発売された、「TUTENVASEN(PAPER BAG VASE)」を指す。その名のとおり、くしゃっとシワの入った紙袋型の花器。デザインはタピオ・ウィルカラ。1987年発表。
*3 アルテマイスター
福島県会津若松の地場産業の一つとして1900年創業以来、家の精神叔母である仏壇仏具の製造販売を一貫して手掛けてきた。1990年後半から、デザイナー・工芸家などとアルテマイスターの職人集団のコラボレ-ションによる、現代の祈りのかたちを開発し、2002年には東京銀座にアンテナショップギャラリー厨子屋を開設。現代の人の心に届く祈りのかたちの提案を続けている。
*4 玉虫厨子復元プロジェクト
平成16年、法隆寺の玉虫の厨子を移動のために解体、復元することになったことを機に立ち上がったプロジェクト。日本中から蒔絵師、設計士、宮大工、彫師、塗師らが集められ、詳細な写真や文献を元に、1400年前当時と同じものを復元し、同時進行で「平成の玉虫厨子」を制作する試みが行われた。2008年に奉納。現代の名工たちが、古の技術を肌で知る貴重な機会となり、「蘇る玉虫厨子(2008)」として、ドキュメンタリー映画も制作された。

【プロフィール】
山田節子(やまだせつこ)
長野生まれ。多摩美術大学卒業。株式会社TWIN代表。
生活者の視点で、ものともの、人と人、ものと人が出会う場のコーディネートを続けている。銀座松屋のシンクタンクである東京生活研究所に席を置き、40年にわたり百貨店戦略を提案、推進。1999年より、会津アルテマイスターのコーディネーターを務める一方西麻布ルベインのミタテ・ショップギャラリーの計画から参画推進もしてきた。

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