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ふむふむ、木村硝子店のなかまたち。後編

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第6回 後編
前編はこちらから

麹谷宏(グラフィックデザイナー)×木村武史(木村硝子店社長)

フランスのデザイン事務所に勤務する傍ら、フランス各地のワインの名産地を巡るようになった麹谷さん。それはあくまで愉しみのためのもので、
ワインについて本格的に学び始めたのは、実は帰国後のことでした。
豊富なワイン体験が、麹谷さんの頭の中で一本の線となり、
グラスへの興味も高まって、世界がさらに広がっていきました。

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パリに暮らすようになって、
ワインとの付き合いが始まりました

麹谷 僕がフランスのデザイン会社に入ったのは、もう半世紀も前のことです。当時の日本の日常には、まったくワインの存在はなかったですから、ワインとの付き合いが始まったのは、パリに住むようになってからですね。

—日々飲まれるワインはどのような?

麹谷 スーパーの安いヴァン・ド・ターブルです。ワインの勉強のためにフランスに行ったわけではなかったし、それに僕はあまりアルコールに強くないのです。すぐに赤くなるので、それを秘書たちによくからかわれました。

木村 主に、どのようなお仕事をなさっていたのですか?

麹谷 あらゆるグラフィックデザインに関わりました。シャンゼリゼにあった、ギャラリー・ラファイエットのスーパーの包装紙が最初の仕事でした。自分のデザインした包装がシャンゼリゼ大通りを流れていく光景は、銀座で慣れていた生意気な青年の目にも感動的でした。その後、BNP銀行、シトロエン自動車のグラフィックスをやりましたが、僕のポスターがパリの街じゅうに貼られていた時に映画のロケが入り、知らずにその映画を観て、映画館の暗闇で思わず叫んでしまったことがありました。

木村 ドキドキするようなお話ですね。僕もその映画観たい!

麹谷 楽しいことばかりではありませんよ(笑)。そうそう、ワインのエチケットの仕事もしましたが、これは苦労しました。僕のデザインしたエチケットをボトルに貼って並べてみると、全然美味しそうに見えないの。「なんだこれ、何かが違う」と何度もやり直しました。その時ボスに、「デザインって定規とコンパスでするものと思ってないか?」そう指摘されて目が覚めました。表面的なモダンデザインはおいしそうに見えない、清涼飲料水みたいでね…。

木村 ワインの深さに目覚められたのですね。

麹谷 いえ、デザインとは何か、ということを学んだような気がしました。そこでまず飲んでみろ、ということだったのでしょうね(笑)。でも、何しろ正解はありませんからね。難しい世界です。

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行き先を決めないバス散歩が、
僕にワインを教えてくれた

麹谷 きっちり週休2日のパリの休日を持て余しましてね。モンパルナスに住んでいるとき、僕のアパルトマンの下にバス停があったのです。その路線図を眺めていて、この郊外バスは周遊しているんだと気がついたのです。それである日、来たバスにそのまま乗りました。パリを出て30分も走ると、素晴らしい田園風景が広がっていました。バスは、そのイール・ド・フランスの美しい村々を縫って走るのです。村には広場があり、中心には決まって噴水があり、広場の周りを銀行、郵便局、ホテル、レストラン、役場などが囲んでいて、そこにバス停がある。少し停車しては、また動き出します。気に入った村では降りてみて、カフェでご飯を食べたりしました。

木村 それはワクワクしますね。

麹谷 次のバスはまた数時間後にくるわけですから、どこで途中下車しても安心です。カフェにいると必ず老人が寄ってきて、珍しがられました。田舎の村に東洋人はまだいない頃の話です。話をしていると、ワイン関係の仕事をしていると語る人が多いことに気づきました。きっと、ワインに関係していることがステイタスだったのでしょうね。

木村 現地を肌で感じて学ばれたのは本当に羨ましい。理想的ですね。

麹谷  ボスに教えてもらって、休みのたびにワインの有名な産地に赴くようになりました。ブルゴーニュ、シャンパーニュ、ロワール、昔の防空壕が貯蔵庫になっていたり…。あの頃もう少し勉強しておけば、良い話もたくさん聞くことができたのに、というのは今も悔やまれます。

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帰国してからワインを学び、
グラスの大切さに気づきました

麹谷 そんなわけで、ワインを勉強したのは帰国してからなのです。コレクションしようとか、有名な年の有名な銘柄ものを飲もうという意識は、フランスにいる頃にはありませんでした。

—日本には、まだワインの種類もあまりない頃でしょうか?

麹谷 そうですね。僕の記憶では、70年の大阪万博こそが「ワイン万博」とも呼べるものでした。出展した各国のパビリオンにその国のワインが用意されていて、夢のようで。そこからですね。

木村 そうだったかもしれませんね。

麹谷 東京では当時、飯倉の「キャンティ」で飲むことができましたが、まだまだ、ワインを楽しむ機会自体は少なかったですね。フランス帰りだったせいで、ワイン会のようなものによく呼ばれましたが、飲んだことがあるものか、ないものか、ということしかわからない(笑)。どこのどのようなものなのかは詳しくわかりません。製法もわかりませんし、皆をガッカリさせるのも申し訳ないと思い、翻訳されている数冊の専門書を読み、わからないことを調べるようになりました。そのうち、ワインを知るための学校「サントリーソムリエスクール」が開校になるということで通ってみようと思い立ったのです。そうしたら、プロのソムリエを育てるところだから、趣味で勉強するようなひとはダメと言われて。

木村 面白い流れですね。それでどうされたのですか?

麹谷 校長の鴨川先生に直談判してね。これからワインの時代が必ず来るから、グラフィックデザイナーでワインの分かる人間を1人くらい育てておいた方がいいですよ、と(笑)。ほんとうにみんな酒屋の息子や、レストランに勤めるひとばかりでしたね。

—ですが、実際に一番ワインを飲まれていたのは麹谷さんではないですか?

麹谷 そうなんです(笑)。ソムリエスクールに入って初めて、そのことに気がつきました。まず、地方名がでてくる。すると、行ったこともあるし、そこで飲んだこともあるからすぐにわかるんですね。ただ、どのように醸造が行われているかは知りませんでした。先生は詳しいけれども、行ったことのある方は少ないわけです。だから僕が、「ああ、このドメーヌの貯蔵庫は山の上の洞窟なんですよ」なんていうとびっくりされちゃうの(笑)。僕の中では、知識の点と点がさーっと繋がっていって、ほんとうに面白かったですね。こうして、ワインの勉強を日本でスタートして、そこではじめてグラスの大切さに気がついたんですね。1970年代になっていました。

—やはり、そこまでかかるんですね。

麹谷 マスコミにワインの取材を受けるたびに、「薄くて軽くて国産で安くて、日本にこんな良いものがあるじゃないの」、と紹介したのが、木村硝子店の「プラチナライン」です。僕はソムリエでも評論家でもないですから、ただ良い状態で美味しく飲みたい、それだけなんですね。「プラチナライン」に出会ってから30年以上です。日本には今まで、あんなに薄いグラスはなかった。

木村 麹谷さんとはあれが始まりでしたね。でも、「プラチナライン」は足の長さも練られていませんし、図面通りにできていなくて。麹谷さんは褒めてくださるけれど、僕はね、作って売りだしてから、ちょっと違っていたかなあって(笑)。

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プラチナラインの一部

—味のことを考えながらデザインされるのですか?

木村 全然。僕、酒わかんないもの。でも、木村さんのグラスだとおいしいから、とおっしゃってくださる方がいるから、それを信じて(笑)。

麹谷 ワイングラスの黎明期でしたね。でもね、あのグラスはワインに向けた愛があると思いましたよ。

—最初に足つきのグラスをつくられたのは、いつ頃になるのでしょう?

木村 僕の祖父のころにはもう作っていましたが、当時はヨーロッパのもののコピーですね。どこかにあったワイングラスをたまたま真似たのでしょう。すごくちいさいグラスでしたね。昔のワイングラスはもっと小さかったです。

麹谷 時代とともにグラスは変化していきましたからね。ワインだって、この40年50年でずいぶん変わってきたでしょ?入れ物であるグラスは当然それに沿って、といいますか、飲む道具として変化してゆくわけです。1970年代から、コンピューターがワイン醸造に導入されて、香りが評価されるワイン造りへと変わって行くんですね。

—そうなんですか?

麹谷 ワインの香りが重要なポイントになってきて、だんだんとグラスも大きくなり、口もすぼまってきました。50年前の人が見たらきっとひっくり返りますよ。シャンパーニュも、泡の美しさを重視していた頃にはフルートのような細長いグラスも好まれましたが、今は香りの時代ですからね。丸くて香りが集まりやすいボウル型が好まれるようになってきました。

—昔のワインはどうだったのですか?

麹谷 香りへの関心も弱かったですし、その程度で十分だったのではないでしょうか。

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泡も、白も、赤も美味しく飲める
旅のグラスを作りたかった

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—泡の美しさを重視していた頃に好まれたフルートのような細長いグラスが、香りの時代になったことで、丸くて香りが集まりやすいボウル型に変化したというお話がありました。先日考案された「トラベルグラス」は、シャンパーニュも、白も、赤も美味しく飲めるそうですね。

木村 そう。あれは1つでシャンパンから白、赤、ビールまで美味しく飲めるグラスです。

麹谷 これも木村さんが面白がってくださったことから生まれましたね。グラスにはいろんな機能があるけれど、オールインワンで楽しめるもの、いつでも旅で愛用できるものが作れないものかと願っていたのです。でも、ほんとうによい物でないと嫌だから、ということで、木村さんが奥の手を使って特別なセッティングをしてくださったことで実現しました。

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木村 旅のグラスはいろいろありますが、これは特にユニークですよね。

—具体的に伺えますか?

麹谷 必要にして最大の条件はシャンパーニュと白と赤ワインが美味しく飲めること。その究極の形を求めて、木村社長に何回も何回も図面を引いてもらって、「もうちょっとこう、もうちょっとこう」って相談しながら出来上がったのがこのフォルムです。特に、実際に持って歩くと、乗り物の中で手で押さえていないと動いてしまうのが悩みだったので、解決策として、滑らないマットをつけることを思いつきました。

—ご旅行には、普段からグラスをお持ちになるのですね。

麹谷 はい。ですが、自分の分だけというわけにはいきませんから、相手の分も合わせて毎回苦労して持参していました。厚い紙で筒のようなものを作り、詰めて持って行くんです。それに冷えたシャンパーニュ。誰といっても喜ばれます。喜ばれないわけがない。今回も、その経験をベースに考えたのです。

—形と味わいとのバランス、美しさと気持ちの合致に関してはいかがでしょう?

麹谷 時代が変化して、シャンパーニュも丸型のグラスで楽しむようになったでしょう。それで、「今ならできる!」と思ったのです。泡を見るのであれば細長いものが良いですが、大切なのは色と、そして香りを大切にするなら、口がすぼまったスタイルがいい。それで最大公約数を考えたらこのフォルムになりました。1個で旅に持って行けるものということで、ステムも短めに、台座は広めにして安定感を重視しました。適当に深さもあるし、幅も、邪魔にならない程度に空間を確保しているから量も入るし、香りにふくらみがある。ケースも軽くて理想的です。そしていい音がするんですよ。ちょっと飲んでみましょう。

—泡の音がしますね。細かいしゅわしゅわとした音。これは薄いせいですか?

麹谷 そうですね。薄いと口当たりもビジュアル的にも美味しそうに、繊細な感じも伝わります。透明度も高いですしね。日本にいて、自由に発想して、こんなグラスが作れる時代になったのだなあ、と感激しています。

木村 軽いですしね。硝子はやはり面白いですよね。

麹谷 木村さんは何より、アーティストの支援も含めて硝子を愛し、デザインがお好きという精神がにじみ出ていらっしゃる。僕がいつも尊敬しているところです。

木村 いえいえ、麹谷さんのおかげですよ。

麹谷 友人の玉村豊男さんにファーストロットを差し上げたのですが、「あれ以来、我が家の食卓にはあなたのグラスしかありません」とお手紙をくださいました。何でもあれで飲んでいますと。「これは木村さんにお見せしないと!」と思っていたのですよ(笑)。

木村 それはすごい!よかったです。

麹谷 ワインラヴァーのグラスに関する意識は、厳密には「このワインにはこのグラス」と細かく分かれていると思うのです。ですが、個人ではそんなにたくさん所有していられませんからね。このグラスは、オールインワンの思想から名前は一応「トラべルグラス」となっていますが、いつでもどこでも玉村さんのように気楽に自由に、自分用に楽しんでいただけたら、と願っています。

木村 麹谷さん、ワインに出会っていなかったらどんな人生だったでしょうね?

麹谷 もう、この世にはいないでしょう。ワインが長寿の秘薬です(笑)。

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●インタビューを終えて…

日本のグラフィックデザインのはじまりの時代、そして、日本のワインのはじまりの時代を駆け抜けてこられた麹谷宏さん。少年のような眼差しで、人生のエピソードのひとつひとつを、楽しそうにお話しされる姿が印象的でした。趣味の域をとうに飛び越えていらっしゃる、ムラーノ島でのガラス製作のお話や、道具の見立てが粋なワイン茶会のお話をはじめ、木村武史社長と共に、オーベルジュ・オー・ミラドーのためのシャンパーニュグラスを製作されたお話、キュリー財団のワインコレクションを落札されたお話ほか、魅力的な内容に話が弾みましたが、スペースの関係もあり、すべてを盛り込むことはできずに残念です。
世代として、最も興味深く伺ったことのひとつが「無印良品」参画のエピソードでした。いつの間にか、私たちの暮らしに自然と馴染み、なくてはならない存在のようになっている「無印良品」ですが、そもそもは、バブル期にさしかかる頃のブランド志向や過度なデザインへのアンチテーゼとして、田中一光さん、麹谷さん、当時、西友の社長であった堤さんほか、錚々たるメンバーの食事会での会話から発したものなのだそうです。かつてはアンチテーゼであったポリシーは、今やシンプル志向、スリム志向の時代のポリシーに乗って、一見、主流になっているかのように思えますが、私たちは果たして「自分の眼で、きちんと物事をジャッジできているのだろうか?」。それは、衣食住、生き方すべてに関しての本質的な部分といえます。
「ワインは僕は美味しく飲みたい。だからグラスはいいグラスで飲みたいね」という麹谷さんの言葉は、まさにそれを表しています。「本当にこれでよいのか?」、「私自身にとっての『いいグラス』とは何なのか」、という問いに対する答え。それは、状況に応じて、私たち各々の中にあるといえるのではないのでしょうか?

(聞き手・構成・文/吉田佳代)

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【プロフィール】
麹谷 宏(こうじたに ひろし)
グラフィックデザイナー。
1937年奈良県生まれ。「無印良品」の開発者の一人として、また、国際デザイン協議会の副会長を務めるなど、国際派として知られる。SDA金賞、通産大臣賞など、受賞多数。無類のワイン好きとして知られ、シャンパーニュ、ブルゴーニュ、ボルドーなどからワイン騎士称号を、社団法人日本ソムリエ協会より、名誉ソムリエの称号を受賞。フランス政府より、農事功労シュバリエ勲章受勲。
麹谷宏 公式サイト http://www.kojitani.jp

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