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ふむふむ、木村硝子店のなかまたち。#03《前編》

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第3回 前編

千葉美枝子(スタイリスト) × 木村武史(木村硝子店社長) × 三枝静代(木村硝子店デザイナー)

今回ご登場いただくのは、千葉美枝子さん。
シンプルで上品なスタイリングを手がけたら、右に出る者のない
日本のライフスタイルをつくってきた草分け的存在です。
この道に進むことになったきっかけや、ご自身のルーツなど、
貴重なお話を伺います。

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自分が暮らしに取り入れたいと
思えるモノが、どこにもないような時代でした

木村 千葉さんとは、もう何年のお付き合いになりますか。最初のご縁が何だったのか、全然記憶にないんだよね。

千葉 (*1)サザビーの故・鈴木汀さんの紹介でした。当時、(*2)上野万梨子さんと本を作っていて、コーディネートのイメージは自分の中で決まっていたのですが、肝心のモノがなくて困っていたんです。その頃って、自分が使いたい食器を探すのが本当に大変な時代だったんですよ。硝子のお皿なんてもちろんなかったですし。そうしたら汀さんが、「じゃあ、作ってみたらどうかなあ」って(笑)。それで、「木村硝子店さんていうところがあるから行ってみよう」っていうことになったの。汀さんにつれてきていただいて、わあ、こんなにシンプルな硝子っていっぱいあるんだ、とはじめて知ったのね。「業務用だからね」って言われて、「えー!業務用ってこんなに素敵なんだ!」って。衝撃的でしたね。カルチャーショックだった。

木村 そういう経緯だったとは知らなかった。

千葉 ええと、三枝さんはまだいらっしゃらなくて、前任の方が担当でした。

木村 昔のビルを壊して建て直していた頃かしら。ちょうど三枝が入社したころかもしれない。もう30年くらいになるってことだね。

千葉 ほどなくして三枝さんが担当してくださることになって、硝子に関しては本当にいろいろ教えていただきました。特に、つくりたいイメージと技術的なことの兼ね合いのこととか、すごい世界だなあと。

三枝 いえいえそんな・・・(笑)。

―はじめからスタイリストをされていたんですか?

千葉 いえ、もともとは学校を出てから、洋服のプレスのようなところにいたんです。
KENZOとかが出てきてすぐくらいの頃でしたね。アタッシュ・ド・プレスという仕事が面白そうだと思って、何も考えずに入ったんですけれど。中野裕通さんや小栗壮介さんといった日本人デザイナーをはじめ、海外デザイナーのものも扱っているところで、飯倉片町のNOAビルに事務所がありました。

三枝 すごい、はしりですね(笑)。

千葉 そう。原由美子さんや山本ちえさんをはじめ、もう本当に、スタイリストのはじまりの頃の方たちが借りにいらしてくださっていて。それはそれでとても面白かったのですが、なぜか父親の反対にあいまして(笑)、半年くらいでやめることになっちゃったんです。でも、短い期間ではあったけれどスタイリストの方たちをみていて、いろいろ思うことはあったんでしょうね。私が本当にやりたいことはなんだろうって。お洋服はサイクルがすごく短いし、春と夏でがらっと変わっていくでしょう。目まぐるしいのは自分にはムリかなあとも感じていて。

三枝 へええ、そうなのね。全然知らなかったわ。

千葉 その頃ってね、ほんとうに何にもないわけ。今みたいにイケアとか無印みたいな便利なお店があるわけでもなく、自分が暮らしに取り入れてみたいと思うものがどこにもない。洋食器といえば花柄しかなかったですし、せいぜいウエッジウッドとかジノリとか。ダンスクくらいがやっと出てきた感じでした。それで、自分が使えるもので、何とかいいものないんだろうかって、ずっとずっと考えていることに思い当たったんですね。

木村 そうかあ。その頃僕は、花柄の商品企画したりしていたよ(笑)。
結局やめちゃったけどね。確かに、百貨店でブランド別に揃えましょうみたいな、そういう時代だったよね。

三枝 で、それからどうしたの?

千葉 たまたま友達が、集英社が「セゾン・ド・ノンノ」を復刊するにあたって、編集の方がスタイリストを募集しているということを教えてくれたんです。やめて半年くらいブラブラしていたので、なら行ってみたらいいじゃないの、って言われて。さっそく編集部に伺って、半日くらいいろんなこと話して、「じゃあ、明日からやってね」みたいな流れになったんですね。

三枝 「セゾン・ド・ノンノ」ってあったねえ。

千葉 懐かしいでしょう?「セゾン・ド・ノンノ」は、私が学生の頃、読んでいた雑誌でした。一冊まるごと北欧特集とか、パリ特集とか。なかなかいい本だったのに、あっという間に休刊になってしまって。それで残念だなあと思っていたら復刊することになったんです。今度はライフスタイルの本になるからって言われて、「あ、それって、私のやりたいことかもしれない」って思ったんですね。自身を軌道修正できるかもしれないって。

木村 当時は専属だったの?

千葉 いえ、専属ではなくてフリーでしたね。実はわたし、ぶらぶらしている間にもスタイリストのアシスタントをしたりしていたんです。

―そのときのジャンルはライフスタイルだったのですか?

千葉 いえ、そうではなかったのですが、そこが博報堂の関係のところだったので、玉川高島屋の月刊誌「TAMAGAWA」のお仕事にもアシスタントで関わっていたんです。
それで、デザインを担当されていた方が、せっかくフリーになるんだったら引き続きおやりなさいって、仕事を下さったんですよ。すごく面白くて、高島屋の商品も掲載されている一方で、巻頭ではホルトハウス房子さんのライフスタイルやお料理を取材したり……。「セゾン・ド・ノンノ」と平行してスタートした記憶があります。高島屋の仕事がきっかけで、有元葉子さんとも知り合いました。

―すごいめぐり合わせですね。知り合われたのはいつ頃のお話なのでしょうか?

千葉 玉川高島屋の南館がオープンした頃ですから、私が30歳くらいのときかしら。
たまたま、とある声楽家の方のお宅に取材に行ったのね。その方のおうちがものすごく広くて、卓球台をテーブル代わりにしてみなさん集まって、音楽を聴きながら持ち寄ったお料理を楽しんだりされていて、サロンみたいな感じだった。そこで料理をつくっていたのが有元さんだったの。そのとき確か、撮影用に私が持っていったお皿が足りなくなっちゃったのね。玉川高島屋のダンスクのお皿(笑)。そうしたら有元さんが、うちにもあるから貸してあげるわよって。ついていったらお向かいに住んでいらして、すごいおうちでね。そこでお借りしたんです。有元さんの料理も本当においしくて。「うわ、大好きな味!」って感激したのを覚えています。ご縁はそこで一度終わっていたのですが、料理教室をされていることを伺っていたので、いつか!と思っていました。

木村 面白い話だねえ。

千葉 結局、2年間ほど続いた「セゾン・ド・ノンノ」がまた休刊になって、そのまま
「LEE」になりました。スタッフもそのままでしたので、今度は「LEE」で仕事をするようになって。そのときの編集長が「今までは、料理ページといえば、どこも決まってお料理学校の先生が登場していたけれど、普通の家庭料理だったら主婦にうまいひとがいっぱいいる。そういう人に出てもらったらどうだろう?」っておっしゃったんです。それで、「あ!あのときの方だわ!」って有元さんのことを思い出して。お仕事をご一緒させていただくようになったのはそれからです。
ほかにも、栗原はるみさんや檀春子さん、高橋詠順さんだったり。今になって思えばすごい豪華メンバーなのですが、何しろ当時はそういう、いわゆる普通の主婦出身の方ばかりでスタートしたんです。

―その後の千葉さんと木村硝子店とのかかわりについて少し伺えますか?

千葉 木村さんには本当にいろいろお世話になって、フライングソーサーという、業務用の食器や調理道具などを扱う会社の仕事をご紹介いただいたのもその一つですね。そこのショールームの運営を以来続けさせていただいていて、主に、コーディネートと商品開発をしています。

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フライングソーサー中野店

木村 あのときは直感だったんだよ。それが30年も続いているとはねえ(笑)。

千葉 ショールームの役割って、正直当初は分かりませんでした。売れなきゃいけないと思う一方で、イメージを伝える役割ってなんだろうって。

木村 ショールームっていうのはさ、お客さんを連れてきてイメージを見せる場所なわけだから、ここにお願いするとこういうセンスで答えが返ってくるっていうさ。値段や競争って言うより、本来は提案力というかね。難しいけれど。

千葉 そうですね。でも徐々に、ブランドで仕切っていくのはやめようとか、たとえば、いろんなキッチンツールの中に柳宗理のボウルがあるのはいいけれど、鍋もボウルも全部柳宗理でくくるのはやめよう、みたいな考え方に変わっていきましたね。

―そういった、「いいものはいい」みたいな考え方って、今のほうが受け入れられやすいところもありそうですね。

千葉 確かに、そうかも知れません。

三枝 ほかにもありますね。たとえば少し前に行われた(*3)「虎屋」さんの企画展での、展示の相談とか、ついつい頼ってお願いして(笑)。

木村 そうね、でも僕自身、お願いするからには中途半端はいけない、きちんとしたい、と考えているせいもあって、実はあんまり仕事って頼まないのね(笑)。仕事にからんで付き合うということがあまり好きではないというかね。なのに、こうしておつきあいが続いている方がたくさんいて、これは本当に、財産だと思っているの。

―この連載のタイトルは「ふむふむ、木村硝子店の仲間たち。」ということで、もっと直接仕事にかかわっていらっしゃる方のお話を伺うのかと想像していたんです。でも、必ずしもそういうことではなくて、いろんなかかわり方の方がいらっしゃいますものね。

木村 もちろん、仕事でかかわる人たちもすごく大事だけれど、なんていうのかな、長年存じ上げている方々の話を伺うって、それだけで相手を初めて知るような感覚も強くて、ハッとするでしょう?千葉さんがよく話している「いいものつくればみんなが自然に知ってくれる」みたいな言葉とか、僕、本当に刺激になるもの。だから、第三者的に面白い話が聞けるっていうのは何より希望というか、楽しみに思っているわけ。硝子をつくる相談に来てくれたときも、つくったもの自体もそうなんだけれど、進める過程やそのほか、いろんなことが刺激になっているわけ。漬物のうま味成分みたいなね(笑)。

千葉 いえいえそんな(笑)。

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I'm home 2009年5月号に掲載された「虎屋」さんの企画展の展示風景

「もしあったら、私が使う!」を
テーマに、器をデザインする

千葉 スタイリストとして活動し始めてしばらくしてから、堀井和子さん、小暮美奈子さんと一緒に、「ベーグル」という会社を立ち上げたことがあるんです。社員は私たちだけで、お給料がない代わりに、売り上げで自分たちのつくりたいものをつくる、というコンセプトで(笑)。具体的にデザインしたものを木村さんにお願いして、型をつくって商品にする経験をしたのは、「ベーグル」のときが最初です。でも、みんな経営のいろはが分からないのにモノが売れて、本業との狭間で徐々にまわらなくなって解散しましたけど(笑)。

三枝 「ベーグル」、いろいろつくりましたよね。グラスにパスタ皿、サラダボウル、プレート、ピッチャー…。それから、千葉さんと私にお花を教えてくださっている横山美恵子さんの個展で使用する、花器やお皿などを一点ものでお願いしてくださったことも何度かありますね。ほかにも、企業がからんで千葉さんデザインの器を商品化したケースなど、いろいろありました。

―デザインの打ち合わせは、具体的にどういったやりとりで進めるのですか?

三枝 「こんな感じで、こんなカーブで、」みたいな感覚的な説明で、頭にある輪郭を訊いていく感じかな。たとえば、横山さんなら、実際にお花を生けたときのことをイメージされているわけですけど、私は同時に、それが技術的に可能かどうかの判断をしていくことになるわけです。横山さんは、だったら生けられる生けられないっていう話になる。
千葉さんはその間の交通整理みたいな役割をね(笑)。

千葉 横山さんは花を生ける用途だけを考えていたとしても、私はせっかくなら、なにか違う使い方もできるものを提案したいと思っていましたしね。会場の構成もさせていただいていたので、サイズに限界があるとか、そういう物理的な問題も考えながら……。

―デザインされるときは、毎回テーマがおありなのでしょうか?

千葉 とにかく、「もしあったら、私が使う!」っていう感じです。デザインというより、「あったらいいな」「ないじゃないこんなもの」っていう……。ずっと思っているのよ、欲しいーって(笑)。チャンスがあれば現実にしたいと思う絵が、焼きついているような。

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横山さんの個展で制作した花器

料理撮影のスタイリングは、
ふだん愛用している器で。

―料理撮影の際には、食器のリース屋さんで借りた器を使用されるスタイリストさんが多いですが、千葉さんの場合はいかがですか?

千葉 私の場合、基本的には、ふだん自分が使っている食器を全部使ってしまっているんですよ。仕事用にたくさん器をお持ちのスタイリストさんも多いと思うのですが、それはないです。気に入って使っているものなら、金継ぎをしているようなものであっても、そのお料理に合うと思ったら持っていってしまいます。

―そこが千葉さんの秘密なんですね。ご自分の好きな器で網羅されるということは、誰しも憧れる究極のスタイルなのかもしれませんが、なかなかそうはいかないと思うんです。

三枝 どの料理写真をみても、この撮影のためにわざわざどこかから持ってきた器、という感じがしない。どれも、大好きで使っている感じが、確かにするものね。

千葉 何だろう。自分で使っているものだと、料理が入る量もなんとなく分かるじゃないですか?そうすると、お料理の先生にも無理を言えるっていうか(笑)。自信がなくてリース屋さんで初めて借りた器をお持ちして、先生に「これで盛り付けをお願いします」って言うより、自分で使っていて、量もこのくらい盛るとこのくらいの見え方になるっていうことがだいたい分かっているもののほうが使いやすいんですよね。使いやすいっていったら先生にも失礼なんですけど、うまく伝えられる、というのかな。

―お持ちの器も、ベースの部分ではお好きなものはかわらなそうですね。

千葉 そう、ずーっと同じもの使ってるの(笑)。でもまあ、自分の中の流行みたいなものはありますから、しばらくは棚の奥のほうにあって、たまあに使うとやっぱりいいかもね、って感じて見直したりたりするものもあったりはしますよ(笑)。

―モノは多いほうですか?

千葉 それがそうでもないんですよね。仕事でも、荷物少ないって言われる。え?これだけ?っていつも訊かれます。

―それは、もう決まっているということですよね。この料理には「これ」というものがご自分のなかで……。

千葉 そうそう、もうね、決まっているの。ほかには?ってもし聞かれたら、だったらこれ!程度で(笑)。あとはもうないの(笑)。

三枝 あー、そうなのね。だから完成度が高いんだ。

千葉 そうじゃなくって(笑)、なんていうのかしら?ほかが考えられないのね。
だって、このお料理を盛るならこれでもいいしあれでもいいし、みたいにいくつも器は選べなくて。

―最適なものがすぐ分かるんですね。

千葉 わかるっていうか……うーん、自分のスタイルかな。まあでも、ほかのスタイリストの方だったらこのお皿を選ばれないかもしれないけれど、私に頼んでくださったんだったらこれ、って(笑)。

三枝 なるほどねえ。

器をそろえるときにも、
本当に必要なものしか買いません

―器を揃えられるときの、サイズ選びのコツのようなものはありますか?

千葉 そうね。取り皿になるくらいの、16~17cm、つまり6寸くらいのものだと、取り皿にも、小さいおかずの盛り皿にもなるので、たくさん買います。でも、同じものが6枚揃っているということではなくて、たとえば、好きな作家の方がいたとして、その方の個展に行くたびに3枚買って、というのを3回繰り返して9枚あるとか、そんな感じですね。黒いお皿もあれば、織部もあれば、みたいな感じで。同じ作家さんだったら、違う色のもの同士でも違和感はないですし。あとは、サイズは同じで違う作家さんのものを揃える場合もあります。これは、薄手なら薄手のお皿と決めて、同じような薄い感じのものに合わせていろんな方のものを買ったりして。私の器の中には、赤とかそういうものは完全になくて、ベージュと黒と、刷毛目と茶色くらいだから違和感がないということもありますが……。

―それは、まったく風合いが異なるけれど、重ねられるからサイズが同じものを集めるといったような感じとも違うんですね。

千葉 そうですね。たとえば、サイズが同じで2つのラインをそろえたとして、ひとつは和食っぽいものに使える刷毛目に。もうひとつは洋風でもちょっとエスニックでも、どちらでも使える薄いグレーがかったブルーのものと、茶色っぽい無地のものにするとか。その2種類をもう、「取り皿」と決めてしまうとか。

―それ以上は広げるのはやめようと?

千葉 そうですね。自分で使う分にはこれ以上はいらないかな。うちで食べるときには、個々にというより、大きな皿に盛り付けてそれを取り分けるスタイルが多いので、今話しているような18cmくらいの「取り皿」と、汁物も大丈夫なような、ちょっと深い器がそれぞれにセットしてあって、あとはもう、どーんと大皿に料理をね。もう、そのスタイルになってしまっています。

三枝 新しいのは見ないの?古いグラスとかも実はたくさん持っていそうじゃない?

千葉 いえいえ(笑)。もちろん、好きな作家の個展は結構見に行きますよ。で、あとは、気になっている作家さん、いつかお会いできたらなあと思う方は何人かいらっしゃいます。もしもお会いできたら、こんなの焼いて欲しいってお伝えしたいとか(笑)。そういうのがいくつかある感じです。

―やはり、ご自分の食卓でどう生きるかという目で選ばれているんですね。「仕事で使いそうだから」的な視点が皆無なのが印象深いです。

木村 僕にとって千葉さんの印象って、初めて会ったときからずっと変わらないんだよね。いっつも上下真っ黒な洋服ですっとしててさ(笑)。それだけは覚えてるもの。話聞いてると納得、って思える。面白いよね。

後編に続く…

Tensen

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